社交不安障害(SAD)だった時の話

年々記憶があやふやになっているので自分のことを記しておく。

2006年〜2013年頃までうつ病と社交不安障害(SAD、当時はまだ社会不安障害と呼ばれていたと記憶している)を患っていた。現在は寛解しているが、感情の浮き沈みは多少ある。

 

きっかけとなったのはおそらく高校進学後、新しい環境に馴染めずしだいに登校できなくなっていったことだと思う。自主退学の少し前に心療内科を受診して精神安定剤を処方されているが、この時にはまだ医師から具体的な病名を聞かされてはいなかった。

高校をやめる直前の、夏頃あたりは家から全く出ることができず、足の筋肉が落ちてうまく歩けなくなるほどであった。その後フリーターとなり、細々とアルバイトをしながら通信制高校に通ったり、やっぱり通えなくて通信制高校も退学したり、極めて憂鬱な日々を過ごしていた。

つらい労働の合間の唯一の楽しみが同人活動だった。当時ハマっていた漫画の二次創作イラストを描いては自分で作成したWebサイトを毎日のように更新していた。(余談だが、この頃覚えたHTMLとCSSの知識が役立って後にWebデザイナーになった。同人誌も作っていたのでチラシ制作や名刺作成などの仕事も多少できた。制作会社にいた頃に寛解していたはずのうつ病が再発した話はまた別の記事で書きたい)

 

地元の小さな会社で事務アシスタントをしていた2008年頃に再び病状が悪化し通院し始めた心療内科で「うつ病および社会不安障害(当時の病名)」の診断が出た。具体的な症状としては不眠・抑うつ・慢性的な倦怠感・自傷行為希死念慮など。また、SADに特徴的な症状として人混みへの恐怖・外出することへの不安・人前で話したり文字を書くことへの不安・そこからくる震えなどが出ていた。

医師が言うにはとても働ける状態ではないほどだったと言う。しばらく通院しても病状はよくならず薬が増えていき、一日中起き上がれないような日も出てきた。

 

2009年の秋から、わたしは当時の勤務先を半年〜一年近くほど休職した。病気のせいか薬のせいかはわからないがその時の記憶はやや断片的で、時系列もだいぶあやふやである。当時ポケットモンスターハートゴールド・ソウルシルバーにハマり、個体値厳選と育成に900時間を超えるプレイ時間を費やした末にブラック・ホワイトもプレイしたことだけは鮮明に覚えているので、やっぱり一年近く休職したのかもしれない。とにかくそれ以外の記憶があやふやだし、収入も貯金もない状態をどうやりくりしていたのかも不明だ。ポケモンカードせどりをしていた記憶は少しある。

 

当時19歳。高校生活の思い出もなく、ただただ孤独感があった。ヤフーオークションで「ポケモン ぬいぐるみ」と検索して毎日全部のページを見ていた。ぬいぐるみは100体以上集めた。完全に孤独で気が狂っていた。

わたしには精神的に不調なとき、自分の周りに膜ができているような、ひたすら辛いのにどことなく現実感がないような感覚がある。自分のしていることを他人事のように思う時もある。ブレーキがきかない乗り物を運転しているような感じで、自分がどこに進んでいるか、どこにたどり着くのかがまったく見えない。

孤独でしかたがないのに、誰にも会いたくない。どこにいてもひとりぼっちに感じるのに、絶望感だけがぴったりと背中に張り付いている。

そうして10年ほどじっとりとした不安が頭から離れない日々を過ごして、人生をだいぶ遠回りしたと思う。

 

また次の記事で寛解するまでを詳しく書きたい。今日はここまで。